先日、広島市内を歩いていると、ヘルパーさんが高齢の方の手を取りながらゆっくり歩いている姿を見かけました。
何気ない光景なのに、その穏やかな時間がとても印象に残りました。
訪問介護というのは、誰かの「生きるリズム」に寄り添う仕事なんだと、そのとき感じたのです。
この街のやさしさは、こうした日々の小さな支援の中に息づいているのかもしれません。
広島の街に広がる“おたがいさま”の精神
広島に暮らしていると、「助け合い」という言葉が自然に聞こえてくる気がします。
戦後の復興を経て、人と人の支え合いの文化が根付いてきたこの街。
訪問介護の現場にも、その精神がしっかりと生きていると感じます。
利用者さんの家を訪ねて、日常の会話を交わしながらケアをする。
それは単に介護サービスではなく、“その人の人生の一部に関わる時間”でもあります。
「今日はいい天気ですね」という一言が、その人の一日を明るく変えることだってあるのです。
訪問介護は暮らしを支える“見えないインフラ”
道路や電気が暮らしの土台を支えているように、訪問介護もまた人の生活を支えるインフラのひとつです。
利用者さんが自宅で安心して過ごすためには、定期的な訪問と、細やかな気づきが欠かせません。
「今日は少し元気がないですね」「食事の味付けを変えてみましょうか」
そんな会話の中に、ケアの本質があるのだと思います。
広島では地域包括支援センターを中心に、医療・介護・地域ボランティアが連携する動きが広がっています。
訪問介護のスタッフが、まるで“街の目”のように高齢者の暮らしを見守っているんです。
介護の現場で見つけた“人を思う力”
僕が訪問介護の仕事に惹かれるのは、そのやさしさがとても人間的だからです。
介護という言葉には、どこか重たい響きがありますが、
現場にはむしろ、笑顔とユーモアがあふれています。
「昨日、孫が遊びに来たんよ」と話す利用者さんに、「それはにぎやかでしたね」と笑って返すヘルパーさん。
そんな何気ないやり取りが、心をゆるませてくれるのです。
広島の街には、川が流れ、山が見え、そして人のあたたかさがある。
広島の訪問介護の現場は、その“あたたかさの延長線上”にあります。
人の暮らしを支えるというのは、技術や制度だけではなく、
「相手を思う心」なんだと、この街の介護を見ていると強く思います。
